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ルポ 安部龍太郎の創作世界

『ルポ 安部龍太郎の創作世界』~「十三の海鳴り」を歩く~ 第5回

Date:2019/11/22

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■ 『ルポ 安部龍太郎の創作世界 』 ​~「十三の海鳴り」を歩く~ 

 第5回 「経済」「流通」書き込む
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   日本史への挑戦
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「明治以降の日本政府は富国強兵を急ぐあまり、歴史教育をなおざりにしてしまった。 中でも、日本史と世界史を分けて教えているのは根本的な欠点。こんな感覚で国際人なんて育つわけないんです。全ては江戸時代の鎖国のせいです」

 

 安部龍太郎が壇上で吠えた。6月5日、海上自衛隊大湊地方総監部(むつ市)の体育館。 黒い制服姿でずらりと並んだ隊員相手に安部のボルテージは上がる。

 

 「日本人が歩んだ跡である『歴史』をしっかり教えないで、『日本』という国の形がつくれるのでしょうか。 日本人はもう少し歴史から学ぶ、ということを考えなくてはいけない」

 

 前日、津軽海峡での航海訓練に参加させてもらったことへの返礼を兼ねた内輪向けの講演だったが、ついつい本音が飛び出した。

 

 だからこそ、自身が手がける歴史小説は既存の歴史観から解放しなくてはいけないと安部は考えている。もちろん丹念な資料収集と詳細な検証、そして現地踏査を前提にしてのことだが。自らが掲げる「日本史全体の見直し」という看板はそういうことなのだ。

 

 なぜなら、日本の歴史小説には海洋国家であるはずなのに「海からの視点」が欠けていたし、海の道から生み出される「流通」「技術」という重要な経済要素への認識が甘かった。鎌倉時代の北条執権政権を海上交易によって支えた北の武士集団、安藤氏をテーマに選んだ背景にはそんな強い思いがあった。

 

 それを如実に示すのが「十三の海鳴り」第3回に登場する次の一節だ。

 

 蝦夷地の松前を出た船は、内海を越えて中濱御牧の港に入って荷を下ろす。その荷を荷車や馬の背に載せて油川湊まで運び、鷹架沼を使った海運によって鎌倉まで送る。この交易の中継をすることで、外の浜安藤家は大きな利益を得ている

(「小説すばる6月号」集英社)

 

文献が少ないことから「謎の中世」と表現されることの多い本県の鎌倉時代末期 (14世紀)を、それも経済の営みを、これほど具体的に書き込んだ小説はかつて存在しなかった。

 

 文中の「内海」とは現在の津軽海峡、「中濱御牧」は今別町を意味する。「鷹架沼」は小川原湖の北に位置する汽水湖である。つまり、北海道から運ばれた物産が今別町で陸揚げされ、油川(青森市)を経由して陸奥湾を横断。下北半島の根元にある鷹架沼を利用して太平洋に出て、最終的に鎌倉に至る商業ルートが存在したのではないかーと大胆に提起しているのだ。

 

 安部は確信している。

 「陸奥湾と太平洋に面した鷹架沼の間はわずか8㌔ほど。ここを陸路で運べば、津軽海峡の尻屋崎という難所を越えることなく、太平洋航路へ一気に出ることができるのです。『十三の海鳴り』の舞台となる鎌倉末期には日本全域をぐるりと覆う海運網があった以上、存在し得るルートです。いずれ証明されるのではないかと考えています」

 

 北海道から鎌倉へと安藤氏が運んだのはサケ、コンブ、アワビなどの海産品のほか、弓矢や馬具などの材料となるワシの羽やクロテンの毛皮。逆に北海道へ送り出したのはアイヌが欲しがった鍬(くわ)、刀、槍(やり)、矢尻などの鉄製品。岩木山麓には大規模な製鉄所があった。

 

  「この時期には商品流通経済がとても盛んになってきて、経済構造がそれまでの農本主義から重商主義へと変化していきます。そうなると一番力を持つのは流通に携わっている人たち。すなわち安藤氏です。」

 

 西の浜を拠点とする「安藤本家」が日本海海運を介して朝廷と直結したのに対して、外の浜の「安藤別家」は太平洋海運で鎌倉幕府と太いパイプを築いていた...。安部が想定する安藤氏大乱 (1320~28年)の壮大な対立構図だ。

 

 この大乱は朝廷と幕府の代理戦争であるとともに、朝廷と武家政権の半世紀に及ぶ大抗争である南北朝の乱 (1336~92年)への引き金にもなったのではないのか。安部版「北の日本史」の結論である。

(敬称略、斉藤光政)

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       東奥日報2018年7月12日掲載
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