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ルポ 安部龍太郎の創作世界

『ルポ 安部龍太郎の創作世界』​~「十三の海鳴り」を歩く~ 第3回

Date:2019/11/08

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■ 『ルポ 安部龍太郎の創作世界 』 ​~「十三の海鳴り」を歩く~ 

 第3回 海からの視点 描きたい
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       津軽海峡横断
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 船は行く。函館山が左手にあっという間に遠ざかる。津軽海峡を渡る風が冷たく心地よい。

 

 「やはり潮の流れが速いですよね。海峡とはいえ4ノット(7.4㌔)くらいはあるのかな。最速で7ノットの場所もあるというのでしょう。日本海から太平洋へ向かって勢いよく流れている。潮の流れというものは一定していないから、理解するのは本当に難しいんです」

 

 海上自衛隊大湊地方隊(むつ市)に所属する水中処分母船2号 (309㌧) のブリッジで、安部龍太郎は海図を見ながら語る。

 

 「長いこと海の小説を書いてきた」と自負する安部にとって、そして現地踏査を大切にする実証的歴史小説家として、津軽海峡を実際に横断し、その体験を連載中の小説「十三の海鳴り」に投影させることは当たり前の行為だった。

 

 鎌倉時代末期を舞台に自らが描く津軽の豪族・安藤氏は、海上交易によって成り立っていた海洋性の武士集団。そんな安藤水軍の心意気を感じたい―という作家としての使命感が、函館基地―大湊基地を結ぶ海自大湊の航海訓練に参加させていた。6月4日のことだ。

 

 機雷除去や海底調査といった任務の特殊性から、喫水が浅く設定されている水中処分母船は揺れに揺れる。乗組員が「半端ない」と表現するほどだが、安部は全く動じない。大湊地方総監部から派遣された管理部長の加治勇1佐(47)の説明を聞きながら、思いは津軽海峡が「内海」と呼ばれていた、はるか14世紀へとさかのぼる。

 

 「安藤氏が海上交易の拠点としていたのが折曾の関(深浦町)と外の浜(外ケ浜町)。折曾から津軽半島沿いに日本海を北上し、龍飛崎を回って陸奥湾内の外の浜に向かうには、どうしても狭い平舘海峡を通らなくてはいけない。内海は海流が複雑な上に渦を巻いている場所もあるから、陸奥湾に入りそこなって大間崎まで流されるなんてこともあったんだろうな。書斎で地図を見ているだけじゃあ、それは分からない」

 

 その渦巻く潮の流れに翻弄されながらも、陸奥湾に入り込もうとするイワシの群れ。それを追いかけるカマイルカの集団が、まるであいさつするかのように水中処分母船の周りで勢いよくジャンプする。平舘海峡付近。

 

 「海の醍醐味だよなあ」と安部は顔を崩す。

 

 日本の歴史小説には海からの視点が欠けている―と安部は常々考えている。縄文時代から列島周辺にぐるりと張り巡らされた「海の道」によって、情報とモノの交流が盛んに行われてきた海洋国家のはずなのにおかしいな、と。

 

 「日本人は海の果たした役割を忘れている」とも思う。だからこそ「十三の海鳴り」 は、タイトルが示すように潮気たっぷりの作品にしようと意気込んでいるし「海の日本史を知ってほしい」とも願っている。

 

 同行する加治1佐は護衛艦「ゆうぎり」(横須賀基地所属)の元艦長でソマリア沖の海賊対処行動に参加した経験を持つ。 シーレーン、つまり現代の海の道を守るための作戦行動である。これが海洋国家の現実なのだと安部は思う。

 

 脇野沢沖の鯛島が左に見えてきた。これを合図に変針し、母港へとひた走る。湾内はうねりも風もなく、水面はまるで銀色の鏡のよう。厳しい津軽海峡から一転して、大自然に守られているような気分にさせられる。やがて、大湊基地の背後にそびえる釜臥山が視界に入ってきた。航程約140㌔、7時間余り。

 

 「釜臥山はまるでハワイ・オアフ島のダイヤモンドヘッドのよう。すばらしいロケーション」と安部。安部は「十三の海鳴り」の出だしでこう書く。

 

 安藤新九郎季兼は舳先に立って北の空を眺めていた。......新九郎はこの時期の北の空が好きである。上空に北からの冷たい空気が流れ込むためか、空の果てまで見透せるほど青く澄みきっている(「小説すばる 4月号」集英社)

 

主人公・新九郎のように船上にすっくと立つ安部に向かって、出迎えの隊員たちが大きく手を振った。

(敬称略、斉藤光政)

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       東奥日報2018年6月28日掲載
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