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等伯との旅

『等伯との旅』 第十五回【オフィシャルサイト限定コンテンツ】

Date:2019/08/09

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├┼┐『等伯との旅』
│└┼┐ 第15回「
入札で勝敗を決める

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 永徳との対決を前に等伯は極度の緊張状態におちいっていた。何しろ相手は名門狩野派の四代目、天才の名をほしいままにした天下一の絵師である。
 画題は「梅に小禽図(しょうきんず)」。狩野派が得意とする山水花鳥図のひとつである。永徳は当然、狩野派の技法の粋(すい)を極めた絵を描いてくるはずだ。

 これに勝つためにはどうすればいいか?

 通常の方法ではとても無理だと思った等伯は、堺で見た西洋画の技法を取り入れた作品を描こうとする。西洋画の遠近法を用いることで斬新なものを生み出そうとしたのだが、これはうまくいかなかった。
 付け焼刃のようなことをしても、ちぐはぐになるばかりだし、目新しさに逃げようとした時点で、すでに相手に負けているが、当の本人にはそのことが分からない。日本画と西洋画を融合する道がどこかにあるはずだと煩悶(はんもん)を続ける。
 久蔵には「両者は根本的に違う」といさめられ、清子には「絵屋をしているうちに、志を忘れてしまったのか」となじられる。

 それでも先に進もうとした等伯は、ついに絶望の壁に突き当たり、家を飛び出し、やけ酒を飲む。その道すがら、旅の一座の芝居を見ているうちに、ふっと自分の原点に立ち返る。そうして大切なものを見失っていたことに気づくのである。

 そうして新たに描き上げたのは、どっしりとした太い幹から出た梅の小枝に、番(つが)いの雀(すずめ)が丸くふくれて寒さに耐えながら、互いをいわたるように体を寄せ合っている絵だった。
 これには北陸の冬を耐えてきた人々と、亡き妻静子への思いが詰まっている。技法に逃げようとした等伯は、心を描くことが絵の神髄だという所に立ち返ったのである。

 一方、永徳は華やかに咲き誇る梅に、うぐいすが二羽止まっている絵を描いていた。得意の花鳥図の技法を生かしたのびやかな絵で、枝にとまって空をのぞむうぐいすが、今にも飛び立っていきそうだった。
 勝敗の判定は松栄に任せることにしていたが、松栄は「わし一人の判定ではなく、皆の意見を聞いてみよう」。そう言って高弟八人と久蔵に、どちらがすぐれているか入札(投票)をさせることにした。

 結果は四対四と一つの白票で引き分けに終わったが、等伯にとっては勝ちに等しい。激怒した永徳は、腹立ちまぎれに自分の絵を傷つけて出ていったほどだった。
 かくて等伯は聚楽第(じゅらくだい)の仕事に久蔵とともに参加し、狩野派の技法と仕事の進め方を実地で学ぶことができたが、永徳の嫌がらせはなおも続く。
 棟梁の一人として参加したはずなのに、他の弟子たちと同じような仕事をさせられたし、自分が手掛けた絵は御殿の中心ではなく廊下や離れなどに追いやられた。しかも、永徳は久蔵だけを優遇し、親子の切り離しにかかったのである。
 さまざまな不満に耐えながら、等伯は無事に仕事を終えた。そうして完成した聚楽第の内覧の日に、狩野派が総力を上げて装飾した御殿の美しさと華やかさに圧倒される。

 ところが同行した千利休は「こんなもんだけが本当の美しさやない」と言って、等伯のために黒楽茶碗(くろらくちゃわん)に濃茶(こいちゃ)を点ててやる。その一碗の茶が聚楽第の美と拮抗(きっこう)していることを知り、等伯は心を打たれた。
 しかも、その場に現われた秀吉が、等伯の「梅に小禽図」を絶賛した。

「あれは良い。梅の枝にとまった二羽の雀は、若い頃のわしと嬶(かか)のようじゃ」

 秀吉は二の丸と本丸の絵を見て回ったが、あれが一番気に入ったと言った。

 後に深く関わり合うことになる等伯と秀吉の、初めての出会いだった。

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 北國文華 第71号(2017年3月 春号)掲載原稿より
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