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たかが還暦、されど還暦

西日本新聞連載エッセイ『たかが還暦、されど還暦』第40回 【オフィシャルサイト限定コンテンツ】

Date:2019/02/01

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■ ​ ​第40回 彷徨える帝
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一年におよぶ苦行のような連載を、何とか無事に終えることができた。
この作品はやがて『血の日本史』と改題し、初めての単行本として出版することができた。
その後文庫化され、今でも時折増刷されるほどのロングセラーになった。

 

連載中に嬉しかったことが二つある。
ひとつはガンを患って入院されていた元図書館長の山本さんに、週刊新潮をとどけることができたことだ。

 

「凄いね。夢をかなえたね」作家を志しておられた山本さんは、わが事のように喜んで下さった。他界されたのは、それからわずか二カ月後のことだった。

 

もうひとつは、心の師である隆慶一郎さんに読んでいただいたことである。
やはり病床にあった隆さんは、見舞いに来た新潮社の編集者に「この男に会わせろ」と言ってくれたという。
隆さんの急逝で会うことは叶わなかったが、編集者を通じていくつかのアドバイスをいただいた。また、このことを知った関係者が、「隆慶一郎が最後に会いたがった男」という称号を与えてくれた。やがてこのご縁が次の仕事につながることになる。

 

隆さんの『影武者徳川家康』を担当した静岡新聞の寺田さんが、連載小説を依頼してくれたのである。
私は満を持して、修業中に取り組んでいた『彷徨える帝』を書くことにした。
後醍醐天皇の怨念がこもった三つの能面が、嘉吉元(一四四一)年に嘉吉の乱を引き起こすという伝奇小説である。

 

怨念とは天皇親政の隠喩であり、後に明治維新や戦前の軍部独裁につながっていく。
日本人にとって天皇とは何かというテーマを、嘉吉の乱に関わった者たちの思いを通じて追求しようとしたのだった。


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西日本新聞「たかが還暦、されど還暦」2015年3月9日付
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