西日本新聞連載エッセイ『たかが還暦、されど還暦』第38回 【オフィシャルサイト限定コンテンツ】
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■ 第38回 プロ、デビュー
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デビューの舞台は、昭和六十三年十二月に刊行された『小説新潮臨時増刊号』で、『師直の恋』という五十枚の短編を発表した。
塩冶判官髙貞の妻に横恋慕した高師直が、吉田兼好に恋文を代筆させたり、金品を贈ったりしてくどき落とそうとするが、ついに恋を成就できないという話である。
これは『太平記』の中にも面白おかしく記されているし、『仮名手本忠臣蔵』にも師直は吉良上野介の代役として使われている。
この作品で初めて原稿料をもらった私は、妻と二人の子供たちにプレゼントを買った。
妻には安物のネックレス、息子にはファミコンの「スーパーマリオ」のカセット、娘にはその頃流行っていた「ホワッツマイケル」のぬいぐるみである。
そうして皆で食事に行き、祝杯を上げれば終わるほどの金額だったが、お金をもらってこんなに嬉しかったことはない。
高専を卒業するときにプロになるまで十年かかると考えていたが、二年遅れで夢をかなえることができたのだった。
もうひとつ嬉しかったのは、尊敬する隆慶一郎さんと同じ雑誌に掲載されたことである。私は彼の作品を読み、歴史・時代小説でこんなことができるなら、生涯を賭けても悔いはないと思った。
その恩人と同じ雑誌に名を連ねられたのは、この時が最初で最後になったのである。年が明けた一月七日に昭和天皇が崩御され、時代は平成になった。
そして梅の花が咲いた頃、池田さんから呼び出しを受けた。また叱られるのかと案じながら神楽坂の新潮社に行くと、週刊新潮を三冊ばかり机の上に置かれた。
「そこに載っている、日本史血の年表という企画だけどね。アベちゃん、やってみる気はないか」
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西日本新聞「たかが還暦、されど還暦」2015年3月5日付
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