西日本新聞連載エッセイ『たかが還暦、されど還暦』第36回 【オフィシャルサイト限定コンテンツ】
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■ 第36回 ユリイカ(分かった)!!
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何度原稿を書いても突き返されるので、どうしていいか分からなくなったからだろう。
机に向かって仕事をしようとすると、頭痛と吐き気がして座っていられなくなった。
ペンを持ち原稿用紙に何かを書こうとすると、症状はいっそう激しくなり五分と耐えられない。ところが机から離れると嘘のようにおさまるのである。
まるで学校に行こうとするとおなかが痛くなる小学生のようだが、何日たっても症状は回復しない。もはや矢尽き刀折れたのだと覚悟し、池田さんにもう書けなくなったと報告に行った。
すると池田さんは、「アベちゃん、でかした」莞爾と笑って机を叩いた。
自分は何人もの新人を育ててきたが、アマチュアがプロの壁を超える時には必ずそうした症状が現れるという。
「しかし普通は四、五年かかるんだよ。それを君は一年半でクリアしたんだから、才能がある証拠だよ」これまたホンマかいなと疑いたくなるような話である。
溺れている時に、君の溺れっぷりは素晴しいと言われている気分だったが、こうなったら仕方がない。
しばらく机を離れて取材旅行に出ることにした。
金もないのに二週間の計画を立て、長編小説(当時のタイトルは『百年の夢』、後に『彷徨える帝』と改題)の舞台をめぐることにした。
後南朝方が拠点とした吉野の奥地や、嘉吉の乱を起こした赤松満祐の領国播磨などを訪ね、主人公たちの生き様に思いを馳せた。
そんな旅をして家にもどり、机に向かって書きかけの原稿を読み返してみた。
すると摩訶不思議。
作品の欠点が明確に見え、どう書き直せばいいかもはっきりと分かった。
池田さんが行ってくれた通り、私は一年半の苦しい修行のお陰で一段高い境地に達していたのである。
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西日本新聞「たかが還暦、されど還暦」2015年3月3日付
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