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たかが還暦、されど還暦

西日本新聞連載エッセイ『たかが還暦、されど還暦』第47回 【オフィシャルサイト限定コンテンツ】

Date:2019/03/22

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■ ​ ​第47回 中国大返し
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この情勢を見てチャンス到来と思ったのは、備後の鞆の浦にいた足利義昭だった。

彼は京都から追放された後も、毛利輝元を副将軍に任じ、瀬戸内海航路の要地である鞆に幕府を開いて、将軍としての威勢を保っていた。
信長政権が弱体化したのを見た義昭は、朝廷や幕府ゆかりの大名たちに檄を飛ばし、
幕府再興のために兵を挙げるように求めた。


これに応じたのが義昭の従兄弟で義兄弟にあたる近衛前久であり、前久の工作によって明智光秀が本能寺の変を起こしたのである。
と、そこまでは『信長燃ゆ』を書いた時に察していたが、変の背後にもうひとつの勢力がうごめいていたことまでは理解していなかった。

 

それはイエズス会に忠誠を誓ったキリシタン勢力である。

カソリックでは洗礼を受ける時に、洗礼をさずけた先達には服従すると誓約する。
この先達を洗礼親(ゴッドファーザー)といい、映画『ゴッドファーザー』ではこうした関係を基礎としてマフィヤが勢力を伸ばしていく様が描かれていた。

 

大航海時代のイエズス会は、この関係を軍事組織を作り上げるための手段として用いた。
洗礼を受けた信者を中核として強固な軍事組織を作り上げ、時には政権の転覆さえおこなったのである。
この当時、日本には三十万人のキリシタンがいたと言われている。

その五分の一が成人男子だとしても、六万人の軍勢を集めることができる。
こうした力を持つ日本のゴッドファーザーは、高山右近、中川清秀、黒田官兵衛らであった。
そして彼らはイエズス会と協力し、信長が光秀に討たれた直後に決起し、光秀を討つことで羽柴秀吉に天下を取らせる計略を立てた。

秀吉の中国大返しは、こうして実現したのである。

 

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西日本新聞「たかが還暦、されど還暦」2015年3月18日付
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