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たかが還暦、されど還暦

西日本新聞連載エッセイ『たかが還暦、されど還暦』第43回 【オフィシャルサイト限定コンテンツ】

Date:2019/02/22

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■ ​ ​第43回 墜落の危機
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気がつくと線路ぞいをとぼとぼと歩いていた。

この苦しみから逃れたいという思いが半分、世話になった人たちに顔向けができないという思いが半分。
それにこの連載が中断したなら、買って間もないマンションのローンが払えないばかりか、売却しても大きな負債をかかえるという現実的な問題もあった。

 

疲れはてた私は、もう耐えきれなくなり、電車に飛び込んで楽になりたいと思った。
こんなところで夢が終わるのか、たかがこれだけの能力しかなかったのかと思うと、情けなさに泣けてくる。
子供のように声を上げて泣きながら、電車が来るのを待って線路ぞいを歩きつづけた。

 

ところが、まだ朝の五時前である。
どこまで歩いても電車は来てくれない。

私は歩きつかれ、道端に座り込んで茫然としていた。
そのうちに気持ちが静まり、もう一度机に向かってみようと思い直して仕事場にもどった。

ところが結果は同じである。
頭はこむら返りをおこした足のように動かなかった。

 

やはり駄目かと頭を抱えていると、電話が鳴り、カタカタという音とともにファクスが送られてきた。
今日の連載分のゲラである。

最後にこれを手直ししてからけりをつけようと読み返してみると、それほど悪くはなかった。(案外書けているじゃないか)
そう思えたことで脳が再び動き出した。

 

私はせめて一日でも長くと願いながら、読者のためという雑念を捨てて作品に取り組んだ。そうしてかろうじて墜落の危機を乗り切った。

連載が中盤にさしかかった頃、池田さんから手紙をいただいた。
文章も文体もしっかりして、往年の隆慶一郎の作品を読んでいるようだ。
そう絶賛したものだった。


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西日本新聞「たかが還暦、されど還暦」2015年3月12日付
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