西日本新聞連載エッセイ『たかが還暦、されど還暦』第28回 【オフィシャルサイト限定コンテンツ】
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■ 第28回 インドへの旅
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インド旅行に誘ってくれたのは、同人誌仲間の藤川さんだった。格安の航空券があるから行かないか、と声をかけてくれたのである。
普通の半額くらいなので、それならと同行することになった。
インディラ・ガンジー空港からは藤川さんともう一人の三人で、デリー、ベナレス、ブッダガヤをめぐった。
ホテルの予約もしていない行きあたりばったりの旅で、日本では想像することもできない数々の体験をした。
町には多くの路上生活者がいて、犬やカラスと競い合うようにゴミの山をあさっていた。日本人は裕福だと見て、詐欺師や物乞いが集まってくる。
力車(自転車で引く人力車)に乗ると、必ず約束した値段より高く取ろうとするし、裸の赤ん坊を抱いた女や両腕を失った少年が金を恵んでくれと集まってくる。
その頃のインドには、まだカースト制の弊害が色濃く残っていて、不可触民と呼ばれる差別された人たちが、苦しい暮らしを強いられていた。
日本では考えられない悲惨さだが、不思議なのは誰の目も美しく澄んでいることだった。
井戸の底で青空を映した水のように、ゆるぎのない奥深さがあった。
(こんなに貧しく悲惨なのに、どうしてそんなに自信たっぷりの目をしていられるのか)
そんな疑問を持ちながら一週間ほど旅をつづけていた時、私はまるで雷に打たれるような衝撃を受けた。
あれはどこの道だったろうか。
観光地を歩いていると、いつものように大勢の子供たちが回りを取り囲み、お金をくれと迫ってきた。
嫌だといってふり払おうとしたが、強引な子は私のポケットに手を突っ込んで金を取ろうとする。
そこでサイフを握りしめ、高々とさし上げて身を守ろざるを得なくなった。
雷が落ちたのは、その時である。
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西日本新聞「たかが還暦、されど還暦」2015年2月19日付
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