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金沢再訪、初夏に空高く(2)<事務所代表 森のfacebookより転載>

Date:2018/05/21

※事務所代表 森のfacebookより転載

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金沢再訪、初夏に空高く(2)
鈴木大拙館には、西田幾多郎哲学館と同様に思考カードが用意されている。

水が張られた中庭のベンチに座る切っ掛けともなっているのか、来訪者はカードを手にして水面を見つめている。

「ことば-34 あるがままのある」
自然や動物が、ただあるがままにあることが「あるがままのある」ではない。
あるがままが意思を持ち、その意思共々にあるがままに至るとき、本来の「あるがままのある」という姿になる。
そう考えてみたのだが、はたしてそれで良いのか・・

若いころ詩人たちの声を聴くために、自らの心にいつも問いかけていた。
沸き立つような怒りや悲しみは意識の表層でしかない。
意識の深層では冷ややかな視線が、自らの心を眺めていた。
それが詩人の性であり狂気であり、さらには喜びでもあった。

本来の「あるがままのある」に至る道は、詩人たちの思索さえも法下の対象でしかないのだろう。
先日の体験は、手のひらに握りしめていた拘りから私を解放し、あるがままに生きる機会を与えてくれたのかもしれない。
時折、水面の片隅から泡が吹きあがり、人の耳目を引き付ける。
波立つ水面は、初夏の輝きにゆれている。
来訪者の時間も緩やかに漂っているようだった。


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<スタッフ後記>

水面と現代建築の組み合わせ、静かな中にも

何か訴えかけてくるものを感じます。

こんな家に住んでみたい……。