ジャコメッティ―最後の肖像
※事務所代表 森のfacebookより転載
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2018年2月1日 先週、雪が落ち着き、見たかった映画「ジャコメッティ最後の肖像」を視聴した。
この作品はマイナーな映画だと私は思い込んでいたのだが、去年の「ジャコメッティ展」の影響かほとんどの席が埋まっていた。
ジャコメッティの展示会に来ていた作家は、2日ほどで描き上げるからと芸術家の甘言に惑わされ肖像画のモデルを引き受けた。
だが、描けない理由が幾重にもかさなり、何度も帰国を伸ばしパリ滞在を続ける。ニューヨークの恋人と喧嘩してでも、帰国を躊躇させるほどの好奇心から始まった交流は、ジャコメッティの不可思議な感性を作家は皮膚で理解し始める。
肖像画とモデルを囲むアトリエには、未完成の絵画や彫刻が散乱している。芸術家はうまく描きあがりそうだと言った途端、描き切れていないとキャンバスを塗りつぶす。その繰り返しが続き、納得がいかず製作途中を写真に収めていく。
作家は、制作途中の作品をみて、良く描けているとジャコメッティに言う。
だが、芸術家の答えは「描けてはいない。だが、描こうとはしている」そう云うなり、キャンバスを塗りつぶし飽食と叫喚の街に躍り込む。
当初、作家は多くのの未完成作品に好奇心に目を奪われていたが、未完成の作品達に埋もれた自分自身が未完成作品なのだと気づく。ジャコメッティの描く肖像画は未完のまま時間を止めるしかないなのだ。
弟テオの協力を得て、際限のない肖像画モデルからようやく脱失した作家の荷物には、ジャコメッティのアトリエに座り続けたパリの時間ごと箱詰めされてゆく。
混沌としたアトリエの芸術家は「生きている。そして、生きようとしている」そう感じていた。
映画のエンドロールを見ながら自らに問うてみた。
「生きてはいる。だが、生きようとしているか?」
一昨年から続く「彫刻家・御宿至氏」の作品「安部の頭部像」制作の進捗は、今もアトリエから漏れ聞こえては来ない。彫刻家の砂時計が満ちるまで待つことにしている。
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【スタッフ後記】
「生きてはいる。だが、生きようとしているか?」
すごく心に迫る言葉でした。毎日をただ過ごしているだけの自分に
問いかけられているように感じました。