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ルポ 安部龍太郎の創作世界

『ルポ 安部龍太郎の創作世界』~「十三の海鳴り」を歩く~ 第7回

Date:2019/12/06

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■ 『ルポ 安部龍太郎の創作世界 』 ​~「十三の海鳴り」を歩く~ 

 第7回 東北の痛みと慟哭知る
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   歴史作家の嗅覚
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 よく動き、よく話し、よく調べる実証的作家。安部龍太郎と行動を共にしているとそれを強く感じる。

 

 図書館司書という前職のせいかもしれない。「日本全国の図書館のどこに行けば、欲しい資料が見つかるか“勘”で分かるんですよ」と安部は笑う。

 

 故郷の久留米高専(福岡県)で機械工学を学んでいた安部にとって、図書館司書という職業は当初目指していたエンジニアから、作家という全く異なる道へシフトチェンジするための大きなギアだったのだろう。

 

 同じ歴史作家の司馬遼太郎(1923~96年)が小説を書こうとすると、そのテーマに沿った資料が神田古書街からそっくり消えてしまったというのは有名な話だ。それほど関連資料をかき集めていたわけだが、その役目の多くの部分を古書店が担っていたということを関係者は知っている。

 

 ところが安部は違う。自らの目で、そして足で資料を見つけ出し、舞台となる現地を確認する。元司書ゆえになせる技だ。

 

 結果的に、この司書という退路を断ってまで執筆した「血の日本史」(90年)で衝撃的なデビューを飾るわけだが、資料収集と現地踏査にかける手間暇は一貫して今も変わらない。

 

 だからこそ、彼が生み出す小説には“現場”を知る者こそのみが放つ独特のリアリティーと説得力が伴う。

 

 例えば、南部地方で繰り広げられた九戸政実の乱(1591年)を取り上げた「冬を待つ城」(2014年、新潮社)。安部が作中で描く南部の母なる川、馬淵川は生々しく息づく。

 

 馬淵川は二戸、三戸と港町八戸を結ぶ水運の大動脈で、春から秋にかけては山と海の産物をつんだ舟が上り下りする。ところが冬には川がぶ厚い氷に閉ざされ、舟を使えないのだった。九戸家と南部家は、この馬淵川水運を主要な収入源にしていた。

 

 このように安部の創作世界の根底にあるものは、人間の営みである「商業」と「経済」への深いこだわりだ。これは10代で機械工学という数学の論理を学んだこととは無縁ではない。

 

 豊臣秀吉による「奥州仕置き」として知られるこの乱にしても、背景には火薬の原料となる硫黄鉱山の争奪戦と、朝鮮出兵に不可欠な人足確保があったのではないかーと、安部は大胆に仮設を展開する。奥州の支配を秀吉に認められた三戸南部氏対する親族・九戸氏の内紛という通史の解釈に、軍事経済の視点から鋭く異議を唱えているのだ。

 

 一方で、安部は九戸政実の決起を中央の一方的な収奪に対する奥州人のレジスタンス(抵抗)とも位置づけている。

 

 東北地方の文化・風土に詳しい小説家の熊谷達也は、その点を敏感に捉え「奪われ続けてきた東北(奥州)の痛みと慟哭」が巧みに表現されていると共感を込めて書く。その上で「嗅覚の鋭い優れた歴史作家」(「冬を待つ城」文庫版解説)であるとも。

 

 安部は言う。

 

「私は九州人ですが、ルーツは福島にあるんです。東北ひいては青森へのシンパシーはそんなところにあるのかもしれませんね。厳しい北の地で育まれた強靭な精神に憧れもします」

 

 太宰治や葛西善蔵に代表されるように本州の果てという土着性から出発し、永遠なるものに突き抜けようとした津軽の表現者たち。その執念のようなものに引かれているのだとも言う。

 

 そんな安部に先日、朗報がもたらされた。司馬遼太郎賞の選考委員に選出されたのだ。「率直にうれしいです。これまでやってきたことが認められたのかな」と安部。司馬が確立した歴史文学の正統な後継者と位置づけられたのである。

 

安部はある伝説を持つ。「歴史的事実の再構成」を旗印に時代小説の新境地を切り開いた隆慶一郎(1923~89年)が「人生の最後に会いたがった男」というエピソードである。

 

 秀吉ら権力者に向かって反体制的な「傾奇者」の道を突き通した戦国時代の風雲児、前田慶次を生き生きと描いた隆。彼は親子ほど年の違う安部に何を見たのか?

 

 もちろん、安部はこうした文学的先輩たちの期待を十分知っている。応えなくてはとも思う。安部龍太郎、62歳。歴史作家という因果な生き物の果てしなき創作の旅は続く。

(敬称略、斉藤光政)


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       東奥日報2018年7月26日掲載
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