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ルポ 安部龍太郎の創作世界

『ルポ 安部龍太郎の創作世界』​~「十三の海鳴り」を歩く~ 第1回

Date:2019/10/25

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■ 『ルポ 安部龍太郎の創作世界 』 ​~「十三の海鳴り」を歩く~ 

 第1回「津軽」に魅せられた旅
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   太宰への尽きせぬ想い
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青森市の繁華街。ほの暗い酒席でのことだった。安部龍太郎は意を決したような表情を一瞬浮かべると、こう切り出した。

「津軽という土地を愛しているんです。」

売れっ子作家として、そして日本を代表する歴史小説家として、国内はもちろん世界中を駆け回る安部。
徳川家康や織田信長、楠木正成、新田義貞、長谷川等伯...といった"日本中央"で活躍した武将や絵師の人生をエネルギッシュに、そして情感豊かに描くことで高い評価を受け、主要出版社から執筆依頼が引きも切らない直木賞作家の言葉として意外だった。
 

なぜ津軽なのか?

そんな素朴な疑問に安部は若き日のエピソードで答える。それは1975(昭和50) 年、福岡県の久留米高専で機械工学を学んでいた20歳の時のことだった。
当時、社会は70年安保運動の余波に揺れていた。極左暴力集団と呼ばれる過激派が、三菱重工など大企業をターゲットに連続爆破を実行するなど「反日テロ」が横行。国民は不安と疑念の渦中にいた。

安部も例外ではなかった。このままエンジニアの道を進んでいいのかという進路への迷いもあった。そんな彼を救ったのが戦後無頼派と呼ばれる作家たち。
中でも「極私小説」とでも呼ぶべき太宰治の作品群だった。ありのままの自分を社会のるつぼに放り込み、その“化学反応”を冷徹に見つめ、小説という形で読者に報告するという、一種の人体実験に文学の目を大きく開かされた。
 

そんな安部の足はいつしか弘前へと向かい「津軽」の舞台となった龍飛崎へ。


「偶然なんですが、弘前に着いたら太宰の文学碑の除幕式がその日に龍飛で行われると聞いたんです。お金はなかったけど胸がざわめいてしょうがない。 どうしても行かなくてはと。一瞬悩んだものの、タクシーを止めて『すみません、学生なのでお金がありません。1万円で行ってくれませんか』と頼み込んだら、初老の運転手さんが『おれも太宰は読んだことがある。分かった』って」
財布には1万円ちょっとしか入ってなかったが、何とかなると思った。
 

「津軽人の愛情の表現は、少し水で薄めて服用しなければ、他国の人には無理なところがあるかもしれない」

この有名な「津軽」の一節に魅せられた旅でもあった。あれから42年。62歳を迎えた安部を今なお捉えて離さないのはこうした太宰への尽きせぬ思い。それは津軽への郷愁にも似た感情だ。安部文学の 原点でもあると思っている。どこまで太宰に近づくことができたのかー。自問自答する日々だ。
だから、津軽を、そして青森を題材に小説を書くことは必然でもあった。

「前々から気になっていたのは、鎌倉幕府滅亡につながったと言われる内乱が津軽で起きていたといること。安藤氏の大乱 (1320~1328年)です。なぜなのか? 一般的に、安藤氏は本州の北の果ての田舎豪族のように思われていますが違います。 
蝦夷管領として北方世界とダイナミックに海上交易を行い、その経済的利益が幕府(北条得宗家)の財政の一端を支え、北条の存続を左右するほどの存在だったのです。安藤氏を解明できれば、鎌倉から南北朝時代にかけての従来の解釈がひっくり返る可能性すらあるのです」

「安藤氏の物語を書くことで新しい歴史観、特に北の世界が日本史にとってどれだけ重要だったかということを多くの人に知ってもらえれば」と続ける安部。
その熱い思いが「十三の海鳴り」として結実。「小説すばる」(集英社)の創刊30周年記念に位置づけられ4月号からスタートした。
 

主人公は身の丈六尺三寸(約190㌢)の青年武将、安藤新九郎季兼。五所川原市の立佞武多の勇姿を重ね合わせているのだという。新九郎のイメージを再確認するためにも、安部は8月の立佞武多取材を計画している。ひそかに。


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歴史小説家として名高い司馬遼太郎の"後継者"と目される安部。日本史全体の見直しーを旗印に執筆活動を続ける安部を引きつけてやまないのが津軽、そして、青森。中世津軽の豪族・安藤氏をテーマに現在連載中の「十三の海鳴り」を通して、その創作世界に迫る。
(敬称略、斉藤光政)

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    東奥日報2018年6月14日掲載
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