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等伯との旅

『等伯との旅』 第二回【オフィシャルサイト限定コンテンツ】

Date:2019/04/26

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├┼┐『等伯との旅』
│└┼┐ 第2回「江戸時代の史観って何?」
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江戸時代の史観って何?

そう思われる方も多いと思うので、その特徴と欠点について、少し長くなるが説明させていただきたい。

 

第一の特徴は鎖国史観である。

 

江戸時代には鎖国政策を取り、国民には外国の事情をひた隠しにしていた。そのために戦国時代についても外国の影響を一切排除して、国内的な視野だけで歴史を語っていた。

 

ところが戦国時代は世界の大航海時代にあたっていて、最初にスペインやポルトガル、次にオランダやイギリスなどが、東アジアでの交易と植民地の獲得をねらって進出してきた。

 

そうした流れの中で鉄砲伝来やフランシスコ・ザビエルの来日、南蛮(なんばん)船(せん)の入港などが起こり、戦国大名たちを刺激して天下統一へ向かわせることになった。

 

信長や秀吉の飛躍は、鉄砲の大量使用や、堺や博多などにおける南蛮貿易がなければ不可能だったのだから、戦国時代の争乱と統一は西洋諸国との出会いが引き起こしたと言っても過言ではない。

 

それを無視して国内的な視野だけで戦国時代を語るのは、アメリカの影響を無視して戦後日本を語るように空虚なことだ。

 

第二の特徴は身分差別史観である。

 

江戸時代には士農工商の身分差別制度を取り(近年異論もあるが、差別があったことは厳然たる事実である)、商人や流通業者を不当に低く評価した。幕末にいたるまで、商人は殿様に公然と会うことは許されなかったほどである。

 

そのために戦国時代を語る時も、商人や流通業者の働きをほとんど無視した。下劣な仕事と決めつけている商人や流通業者が、信長、秀吉、家康の天下取りに大活躍をしたと書くのは、いかにも都合が悪かったからである。

 

しかし戦国時代は、商業、流通の時代である。1533(天文2)年に石見銀山が開発され、良質の銀が東南アジアに輸出されるようになったために、見返りとして中国や東南アジアの製品が大量に輸入されるようになった。

 

そのために国内の商品流通が活発になり、日本は空前の高度経済成長時代を迎えた。その流れをいち早くつかみ、流通拠点を支配することで力を得てきたのが戦国大名で、トップランナーとなったのが信長である。

 

こんな時代には、商人や流通業者がもっとも活躍するのは見やすい道理である。中でも堺の納屋(なや)衆(しゅう)は今日の巨大商社に近い経済的実力を持っていたが、江戸時代の史書からはその影をうかがうこともできないのである。

 

第三の特徴は神君家康史観と儒教史観である。儒教的な人格に優れていた者が戦(いくさ)に勝ち、やがて天下を取ったのだという解釈は、物語としては大変面白い。
だがその尺度ですべての歴史を語ることは滑稽(こっけい)以外の何物でもあるまい。

江戸時代に史学の発達がおくれ、講談や軍記物のレベルに終始しているのはそのためである。

 

「おふくろの味」

 

こうした弊害は明治維新以後も改められなかったために、今日でも江戸史観で語られた戦国時代小説やドラマがまかり通っている。

これではいつまでたっても本当の戦国史は理解されないばかりか、日本人の史的教養と人格形成にはかり知れない害悪をもたらす。

 

私はそうした思いにかられて、新たな史観による小説を書きつづけてきた。藤堂(とうどう)高虎(たかとら)を描いた『下天を謀る』(新潮文庫)、蒲生(がもう)氏(うじ)郷(さと)を主人公にした『レオン氏郷』(PHP文庫)などがそうである。

 

ところが残念なことに、こうした挑戦は多くの読者の理解と共感を得ることはできなかった。

歴史小説の愛読者の方々は、多くの知識と知見を持っておられる。それは名だたる大家の作品を読んだり、史書を読んだりしてつちかったものだ。それゆえそれを否定されることに、本能的な嫌悪感を覚えられるのである。


「安部さん、それはおふくろの味だよ」


以前、堀場製作所(京都市)の堀場会長とお目にかかった時、そんなアドバイスをしていただいた。

幼い頃から親しんだおふくろの味は、理屈ぬきで体にしみ込んでいる。だからそれが間違っていると言われても、容易に変えることはできないという意味である。

なるほど、その通りだろう。ならば、おふくろの味はそのままにして、何か別の方法で新しい味を浸透させる方法はないだろうか。

 

考え抜いた末に思いついたのが、戦国時代の絵師を主人公にした小説を書くことだった。

信長、秀吉のような武将たちはすでにおふくろの味まみれになっていて、これが本当の姿だと言っても信用も共感もしてもらえない。

しかし絵師なら本人の作品が今も残っているので、私が小説で書いたことが正しいかどうか、その絵を見ることによって判断してもらえる。そう思ったのだった。

 

(つづく)

 

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 北國文華 第67号(2016年3月 春号)掲載原稿より
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