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下丸子図書館<事務所代表 森のfacebookより転載>

Date:2019/03/26

※事務所代表 森のfacebookより転

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先週の日曜日、「大田区・下丸子図書館」で講演した。

「戦国時代と大航海時代」という演題である。近年、ようやく戦国時代を世界の視点で見直すという流れが顕著となり、安部が二十年前に上梓した「信長燃ゆ」や「信長はなぜ葬られたのか」などの講演やインタビュー取材などが増えてきた。聴講者の方々視線が真直ぐに安部に向かい興味のほどをうかがわせていた。

 

この「下丸子図書館」は、安部と私にとって特別な場所なのだ。

40年以上前、高専を卒業し安部は東京都職員として採用され、最初の赴任先がこの図書館の近所にあった「大田区・矢口出張所」であった。安部が久留米から上京した理由は作家を目指すためであり、不埒にも文学を学ぶ環境としては公務員が最適と判断したのだ。更に、資料にかこまれた図書館勤務がなおさら良いと考えたようだ。

 私も同じ上京だけを目指し、彼ほどは計画性を持たず就職先には失礼極まりない話だが

、休日の日数で方向を決めた。ただ現実は大分違っていたのだが。

 卒業の時、東京での連絡先など交換などしなかった。安部の赴任先は23区の何処になるか決まってはいなかったし、私の勤める会社の寮が何処にあるのか興味もなかった。

当時、視線は未来しか見てはいない。

上京して数か月後ようやく連絡が取れ、安部は「大田区・矢口出張所」、私の寮が「大田区矢口3丁目」であり主張所の管内だった。近日会うと約束し電話を切った。

数日後、少し遅く寮へ帰りついた。6畳一間で窓の先30センチに壁がある傾きかけた二階家の一番奥が私の部屋だった。引き戸に掛けてあった南京錠が外れている。鍵をかけ忘れたのかと訝りながら引き戸を開けた。畳んだはずの布団が引かれ膨らんでいる。

「おう・・」安部が布団から顔をだした。

これが東京での初めての再会である。その時には特に違和感など持たなかった。二人がいた学生寮では当たり前の風景だったのだ。鍵は寮の管理人のおばさんに開けてもらったという。確かに極めて訛りの強い八女弁と、掘り出したばかりのジャガイモの様な顔に悪人はいないだろう。今振り返れば安部の赴任先は23区、それも主張所や図書館など考えれば区の単位で30か所以上あり、合わせれば7000か所以上の可能性があったはずだ。だが、赴任出張所管轄内の徒歩10分の社寮で、それも私の布団での再会である。

交友が半世紀近く続いているのは、そんな奇縁だったからなのかどうか、未だに分からない。

ともあれ、そうしてきたのだし、終わりが来るまで多分そうしていくだろうと思っている。

図書館前で写真を撮っていただいた。

「なつかしか・・」

つい、あの頃の久留米弁がこぼれてしまった。

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<スタッフ後記>

安部の、そしてふたりの東京での特別な場所なのですね。

布団のエピソードから、旧友との友情の濃さが窺えます。