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京都から奈良、そして歴史の旅(3)<事務所代表 森のfacebookより転載>

Date:2018/11/09

※事務所代表 森のfacebookより転載

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「洗心亭」の銘に思ったのは、苔むした自らだった。
洗えば何も残るまい。
赤心のかけら如きものが有ったようにも思うが、何時の頃からか痛みを包むすべを覚え見かける事もなくなった。ただ、左の口角を少しあげる癖だけは、若いころと同じではあるようだ。

陽は傾き木々のいきれに包まれて山道をたどり、そして石段を登る。
ようやくたどり着き、鐘楼の鐘を一つ突く。
鐘の音は尾根へ広がり、背に負った荷を一つ降ろしたようだ。
空は青く山の緑はいまだ深い。
大悲閣から空を見上げれば、突き出された旗がここにある志を示していた。
石段を下り始めて、黄色の旗は結界の印か気が付いた。
足もとの石畳だけが世界となり、見たものさえ見えぬ自らの愚かさに、口角が上がるのは致し方あるまい。

山肌から流れ落ちる小さな渓流が、微かな音を立てている。
帰り道から見た石垣には、小石の積石が並んでいた。
この積石に何を祈るのか、だれが祈るのか知らない。
だが私は、今までいくつ積んで来たのだろうか。
積石が見下ろす川面は、初秋の日差しに碧く眩しかった。

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<スタッフ後記>

写真から、なんだかこの世から切り離された異界の雰囲気を感じてしまいました。

一人でここを歩いていたら、いつの間にか2度と俗世に戻れなくなりそうです。

神聖さと恐ろしさは紙一重なのですね。